そのうち笑い話になるさ

得意分野は土曜の夜、日曜の朝です。

カノトイハナサガモノラ 考察

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再度の観劇を終え、ガチで挑む、カノトイ自己流解釈。買ってぱらりと捲ったきり満足してしまっていたパンフレットのインタビューも、この機会に改めて熟読してみたわ。先入観なしに自分の考えを整理するため、他の方の考察はあえて読まずに挑戦している。書き終えたら思う存分、覗きに行きたい。うろ覚えの箇所もあるので、実際の時系列や台詞と異なるだろうけれど、そこはまあ、ニュアンスで。

初見の感想はこちら。
livvvvvve.hateblo.jp

ちなみにわたくし、未だタイトル「カノトイハナサガモノラ」うろ覚えです。



初見では全っ然わからんまま、手品とタップとフライングと銀テープ、あと「雲」とか「免許証」とか「よっちゃん人形」のインパクトで、ぶっちゃけ、これは、やたら寸劇パートの多い“トニコン”と何が違うのだろう???と思った。

しかし、オーナーの真意に注目して「トニセン」という「アイドル」像とは?というようなことを突き詰めて考えていくと、浅いようでいてむちゃくちゃ深いんじゃないか、という気がしてきた。行き着く先は、世界系。

逆を言えば、あんまり難しく考えたくない、純粋に音楽を楽しみたい層にとっては劇パートが冗長というか、疲れるというか、難解すぎるというか、中途半端なトニコンに見えなくもない気がするので、けっこう挑戦的な内容なんだよなあと思った次第。



オーナー「ご覧、世界はどこまでも広くて、限りなく暗いだろう。響かせるしかないんだよ。いつか、誰かに届くって信じるんだ」


唯一、説明らしいことといえば、オーナーの終盤の台詞くらいのものだろう。
この舞台は、解説を極力省いた構成となっていて、だから全然答えが見えない。難しい。


・本作品のテーマは?

「生と死」と「アイドル」じゃないだろうか。

しかも、どちらかといえば生き死によりも「(ジャニーズの)アイドルとは?」みたいな部分の比重が大きいように感じた。ナガノくんが序盤で「日常生活に“死”が無さすぎる」話をするのはかなり急に思えたが、誰よりも“答え”に近いところにいる彼が、それを切り出すのは必然なのかもしれない。また、ワークショップを通じて、御徒町凧が思うトニセン個々のアイドル像を膨らませに膨らませたのが、今回の舞台に立つサカモトナガノイノハラなのだろうと思った。


・オーナーとは?

いつもがなり散らしていて、そのぶん「おかえり」という台詞が本当に優しく響く彼女は、おそらくソウル・ターミナルでただひとりの自由意思。個々があるように見える楽団のみなさんは、彼女に従うものの一部にすぎない。オーナーは“孤独”である。よって、トニセン三人を送り出すことが“仕事”ではあるが、彼らの不在は“寂しい”ため、葛藤が生じる。でも、今は見送ったとしても、いつかまた必ず会えるのではないかな。ご来場のみなさまへの諸注意も担当。お衣装が素敵でした。


・「壁にしまうよ!」とは?

楽団のみなさんは意思や自我があるように見えるけれど、彼らはこの空間(ソウル・ターミナル)を構成する要素のひとつにすぎず、オーナーの意思でいつでも簡単に出し入れできる人形のようなものではないだろうか。また、ここでは観客も構成要素のひとつにすぎないので、マナーが守れないと「壁にしまうよ!」されてしまう(オーナーによる上演に関する諸注意より。)


・ソウル・ターミナルとは?

魂の発着所=生と死、過去と未来、嘘と本当、その狭間?
音楽を奏でることが、そこから旅立つためのヒントとなる。ジャニさんもよく来る場所らしい。トニセン三人は、ジャニーズならぬジャーニーズ、旅人だ。よって一曲目は、小指を立ててくるくる回す振り付けがめちゃんこかわいい『Traverer』である。三人の魂は旅の途中で、この空間に入り込んでしまい、生と死の無限ループを繰り返すようになった。


・作中のトニセンについて

三人は魂だけの存在。肉体はここにはない。対談で御徒町さんが『三者三様でちゃんとお互いを補完し合えている。』と語られていることから、劇中の三人には、あえて短所も与えられているのではないだろうか。それを他の二人が長所で補う。当然、三人で協力しなければ無限ループは解除されない。それぞれが思いっきり響けばいい。それが三人の使命なのだから。


・作中のナガノについて

一番、正統派のアイドル。ただし、そのアイドル観はちょっと古くて昭和的なので、ぎらんぎらんしたスパンコールに片袖無しでサングラスという、現代の感覚からするとべらぼうにダサい格好をしている。非常ボタンを押したくなるように、プチプチを潰したくなるように、キメ顔をしたくなる“(アイドルとしての)使命”を持っており、そういった意味ではアイドルとして天賦の才がある、ように見える。

「美味しいところ教えてやるよ」という言葉の響きが、大好き。とにかく今回のナガノくんは声がよくって、甘く優しい特有の、あのお声。それで演じるチビイノハラが本当に、本っ当によかった。ほんと長野博、また声優やってくれないかなあ?*1

あるときは雲だったり、あるときは微妙に吊られたり、あるときは“ピスタチオ”呼ばわりと、常にコメディ調な扱いをされているけれど、この空間の本質にいち早く気づく辺り、さっすがナガノく~んという感じがする、いちいちラーメンに結びつけてしまうけれどもな。ナガノくんをコスプレさせたくなるのは仕方がない。だってやっぱ一番、面白いもん。笑いを取りに行く姿勢が、あまりにも真面目で貪欲すぎるぜ!笑

どうでもいいことだけれど、ナガノくんに「大袈裟!」って言わせたの、あれ絶対わざとだよね?笑*2


・作中のサカモトについて

見たところ強面なのに、ロマンチストで変なとこ真面目。とにかくロマンチックにラブソングを歌い上げさせたいアイドル。そこだけ切り取ると完全にミュージカル演者な白スーツ。トニセン唯一の未婚者に「サカモトくんてさあ、彼女いんの?」を、ぶっ込んでいく容赦のなさよ。わりと過去の恋愛引きずっていそうだよなマジで……と思わされる辺り、やっぱり演者としてお上手なのではなかろうかサカモトくん。

三人の中では最も、過去に縛られ、変化を嫌う、穏便に物事を解決したいような設定が見られた。おんな曰く「サカモト、ここにいるのに、いないみたいなとき、あるよ。」しかし、誰より丁寧にオーナーや楽団に接し、深々と頭を下げ、イノハラの無礼もすぐに詫びる辺り、サカモトくん、あんたやっぱリーダーだぜ。イノハラによる“リーダー”呼びと、その呼び方やめろという掛け合いが、とても愛おしい。


・作中のイノハラについて

普通のお兄ちゃん。よって、格好もわりと普通。腰巻きシャツのひらみ、ありがとう。ただし、短気でやんちゃで幼く誇張されている。また、三人の中では一番のバカである笑。記憶力が弱くてすぐ忘れるバカ、という描写が何度かあるが、ご本人は云十年前のどうでもいい思い出をやたら鮮明に覚えていて他の二人をちょくちょく驚かせているから、アイドルとしてのパブリックイメージとはやや乖離があるのかもしれない。人見知りでかなり無理してがんばってるというのは、素かな。

限りなく一般市民に近い素材なのに、三人の中では唯一、自分で事務所に履歴書を送った、アイドルになりたくてアイドルになったアイドル。(夢はアイドルって、)その顔でぇ?って自分で自分に言っちゃうくらいコンプレックスはあるけれど、冗談だよお前めちゃめちゃイケてるよ!って自分で自分に言っちゃうくらいポジティブ前向き超前向き。

オーナーに向かって「おいババア!」つってやんちゃ感かわいげねーしおバカだし、なところを出しつつ、“ずっと言おうと思ってたんだけど”と、誰より前から、誰より早く「アインホガトリツトウモ(いつもほんとありがとう)」を言えるイイ奴、ってのがイノハラ観か。初見では「アインホガトリツトウモ」が謎の呪文に聞こえた。あれを一発で感謝の意と汲み取るのはそこそこ難易度が高い。ってか、厳しい。まあ「アインホ/ガトリツ/トウモ」の音節で区切ったのと、イノハラの笑顔で、なんとなくは察したけれど。

カノトイにおけるイノハラのターンがあまりにも好きすぎる話は前回記事参照のこと。なんでアイドルになろうとしたのか、自分のことなんだから、自分に聞いてみりゃいいじゃん、って流れが最高。夢には二種類(寝ているときに見る夢と、将来の希望としての夢)ある、のくだり最高。エンディング映像で、チビイノハラが見たはずのペガサスみたいな雲が映るの、最高。

大人イノハラ「自分で決めりゃいいんじゃない。どうせ見えないんだし」
チビイノハラ「じゃあ俺は、やっぱりアイドルになるよ!」
大人イノハラ「おほほ、ああ、そうしな!」

「ずっと言おうと思ってたんだけど」喉まで出かかる言葉が出てこないチビイノハラ。アイドルになって『遠いところまで』行きたいチビイノハラ。例えば、空を飛んでみたい。アイドルになれば、なんでもできるんじゃないかな?

大人イノハラ「やっぱ歌うよ(と、決める)」
チビイノハラ「誰の歌?」
大人イノハラ「(目線を合わせて、)キミの歌だよ」


・『20th Centuryデス』について

終盤では、夢と夢、右のピアスと左のピアス、同音異義語のような同じものを指すような言葉、が何度も語られる。トニセン三人は自己紹介するたび、名前に「デス」を付けて死んで、次の瞬間生まれている。知らぬうちに、生と死を繰り返している。ケンゴウオカダは一発じゃ聞き取れない。少年隊はわかった。「はずすんじゃないよ」ってオーナーの台詞がむちゃくちゃカッコよかった。

・ソウル・ターミナルから脱出するには?

繰り返しを解くには、本当の音楽を「響かせる」こと。また、その方法を自分たちで気づき、決めて、実行すること。ただし「つかもうとしているうちは、一生捉えられないよ。」時空を歪ませるトライアングルが鳴る、トニセンが手を取り合う、手を取り合えば無重力、で脱出に成功する。三人はいつも惜しいところまでいく、らしいのだが、失敗してはオーナーにやり直しをさせられていた。ナガノくんはダッサい衣装に合わせたサングラスをかけていたので、記憶消去光線が完全には効かず、バックアップが少し残った状態。だから最初に「気づく」ことができた。

・エンディング映像後のアンコール(?)

幕が落ちてからの、あの会話部分、すべてが台本とは、初見ではわからなかった。サカモトさんの「ぼちぼち」な今日は、明日以降もループする。この舞台は、繰り返されていくのだ。新曲『カノトイハナサガモノラ』みなさん一緒に歌ってください、ってイノハラが言うのもすべて台詞なら、観客すらループに巻き込まれ続けていたのかもしれない。初見で歌えるわけ、ないのだから。


まあ、考察が趣味みたいなオタクなのでいろいろ変に邪推してしまうんですが、んなこたぁ考えずとも、あの小さな劇場での生バンドの迫力はほんとたまりませんし、坂本昌行の生コバルトブルーだけで充分、元が取れるクオリティだと思います。それから、トニセンによる、生アカペラ愛なんだも貴重な体験だった。“辛いときでも”“傷つくことを恐れちゃダメだ”と説く愛なんだ、三人への愛情ゆえ、別れが辛いんだけれど、それでも三人を送り出さねばならないオーナーを励ますような、愛なんだ。あの陰で、オーナーがずっと後ろ向いて泣いてるの、よかったっすねえ。一歩間違えたら、トニセンの生アカペラ愛なんだに感極まって泣くオタクに見えちゃうシュールさもあったけど苦笑。

赤ちゃんから半生を振り返る、バリバリにブリブリなアイドルらしいあのエンディング映像を見ていると、なんかさあ、死んで、生まれ直しても、また三人つるんでアイドルしていそうだな。トニセンの三人。



『手を取り合えば無重力



しっかし声に出して読みたい、素敵な日本語だよなあ。さすが詩人だわ……『流し込んだ 気の抜けきったアップルサイダー*3』以来の感動でした。録画したきりの森山直太朗舞台も、これを機会に観てみたいな。

それはそれとて、終演後の会場に新曲「カノトイハナサガモノラ」が鳴り響いていたから、音源は収録済みってことっすねわかってますわかってます、後日、円盤の付録になるのでしょう?(お札を握り締めている)(気が早い)

*1:アトランティスを探す旅なんだ!

*2:学校へ行こうの名物コーナー・大袈裟先生

*3:V6の楽曲『UTAO-UTAO』の一節。作詞が御徒町凧